日中比較文学研究会 一衣帯水の地に咲く大輪の花
文/皇學館大学 半田美永 訳/皇學館大学 張文宏
皇學館大学国文学科に、このたび日中比較文学研究会が新しく設立された。今春、河南師範大学副教授・張文宏さんが、大学院博士課程に入学したのがきっかけである。彼女は日本近代文学、別けても芥川龍之介の研究者として、幾編かの論文を書いている。作品に描かれる事物を、作家に内在する心理の表象として剔出する手腕と方法には、非凡なものがある。劉徳潤教授門下の俊秀のひとりが、皇學館の伝統的な訓詁注釈の学風を、どのように受容発展させるか、私は楽しみにしている。
思い出すことがある。かつて皇學館大学に学んだ少数の留学生たちのことである。鴎外を専攻し、その後東京の大学で政治学博士を取得した北京大学の白智立君、林羅山で文学博士となった北京在住の趙剛君。彼らを交えて、いつか伊勢の地で日本と中国の根の部分を、心ゆくまで論じ合いたいと思う。かつて日本に『曙光』(1990年創刊)という学術雑誌が存在した。その「創刊の辞」に井上謙氏は、「日中間の文化交流という大海原に漕ぎ出す遣唐船『曙光』は今日より両国間の文化を運びあうだろう。」としるしている。
私の母校であり、現在の勤務校である皇學館大学は明治15年(1882)の創立、まもなく130周年を迎える日本有数の伝統校である。日本の文学と歴史を研究し、神道を体現する特色のある学問府で、伊勢神宮の近くにあり、朝夕は日課のように参拝することができる。すなわち日本の本質を知るためには、最もふさわしい場所にある。学術協定校である中国河南大学からは、留学生や研究者が毎年本学で研鑽を積んでおられる。北京社会科学院日本研究所の研究者の方々も、研究、調査に来られる。
私は、今学生部長の立場で国際交流の仕事もしているので、彼らと歓談したり討議をしたりすることも多い。彼らは何と真摯に語り合う姿勢を忘れないのか、彼らは何と純粋に物事に対することができるのか。教えられることの多さに、私は驚きの連続である。これまでの私の研究―『佐藤春夫研究』『有吉佐和子の世界』『丹羽文雄と田村泰次郎』『劇作家阪中正夫』、そして正岡子規・森鴎外を軸にした文学史の問題、また最近関心を抱く紀伊半島・熊野・吉野の風土研究など、彼らとの切磋琢磨により、更に大きく深く学問の世界が広がる予感がする。
昨年、私は中国大陸を踏みしめた感動を、還暦を記念して歌集『中原の風』(短歌研究社)にまとめた。この作品集の冒頭には、次の一首が置かれている。河南省での作。
大陸の風に吹かるる草莽を人ら行きしか馬駆り立てて
読売新聞『四季のうた』で、俳人の長谷川櫂先生が鑑賞を加えてくださり、全国的に紹介された。私たちの研究会は、今出発したばかりである。毎週木曜日の放課後、大学院留学生を中心に日本人数人の乗った遣唐丸は、少しずつ帆を膨らせている。研究会のメンバーはこれまでに、秋瑾の来日、芥川龍之介と漢詩、佐藤春夫の中国短編集「玉簪花」についての研究発表をした。国境を越えた私たちの研究会は、時代やジャンルをも超えて、一衣帯水の地に、いつか大輪の花を咲かせるであろうことを私は信じている。
(中文)
绽放在一衣带水之地的绚丽之花
——皇学馆大学日中比较文学研究会
在皇学馆大学的国文学科,新成立了日中比较文学研究会。今春,河南师范大学张文宏副教授到此专业攻读博士一事成为研究会成立的契机。她的研究方向为日本近代文学,尤其是作为芥川龙之介的研究者,发表了系列学术论文。她从作品所描写的事物中挖掘出作家内在的心理表象,其技巧独特拔萃。张文宏是刘德润教授门下的优秀学生之一,以后如何受容并发展皇学馆传统的训诂注释的学术风格,值得期待。
我想起了曾就读于皇学馆大学的几位中国留学生的事情。专攻欧外文学,其后获得东京大学政治学博士学位的北京大学的白智立、以林罗山的研究成为文学博士的中国社科院的赵刚等。在伊势这块土地上我与他们相识相交,侃侃而谈中日之渊源。还记得曾有《曙光》(1990年创刊)这一学术杂志面世,在其“创刊辞”中,井上谦氏意味深长地呼唤:“从日中之间的文化交流这片浩瀚大海中破浪而出的遣唐船《曙光》,自今日始,将相互运载着两国间的文化啊。”
我的母校即现今的工作单位皇学馆大学是日本屈指可数的传统高校,始创于明治15年(1882),即将迎来它130周年的生日。作为研究文学和历史、体现神道特色的高等学府,它毗邻伊势神宫,朝夕尚可参拜。可以说,倘若要了解日本的本质,这里则是适宜之地。每年,来自与我校缔结学术协定的中国河南大学的留学生和研究员们云集于此,悉心钻研。此外,北京社会科学院日本研究所的学者们也常常莅临我校调查研究。
如今,以学生部长的身份,我负责国际交流的工作,因此与留学生们畅谈、讨论的机会自然较多。他们是如此执着地探究学问,他们又是如此真诚地面向未来,我从中领教颇多,更令我惊叹不已。目前为止,我的研究《佐藤春夫研究》《有吉佐和子的世界》《丹羽文雄和田村泰次郎》《剧作家阪中正夫》、以及以正冈子规、森欧外为中心的文学史问题、最近报以关心的纪伊半岛、熊野、吉野的风土文学研究等,通过与这些孜孜学子的切磋琢磨,我感到宽阔广宇的学问世界正在拓展蔓延。
去年,正值花甲之年的纪念日,我将初踏中国大陆的随想整理成歌集《中原之风》(短歌研究社)出版。在这部歌集的开始部分,写着撰于河南的一首诗歌:
大陆风疾吹草原,行路人策马加鞭。
在读卖报刊“四季之歌”一栏,俳人长谷川櫂先生对此诗歌给予了高度赞赏,并向全国介绍。我们的研究会,出发伊始,每周四下午课后,以研究生部的留学生为中心,以及日本学生数人所乘坐的“遣唐船”,慢慢地扬起了风帆。至今,研究会的成员们,关于“秋瑾的来日”、“芥川龙之介和汉诗”、“佐藤春夫的中国短篇小说集《玉簪花》”等,进行了研究发表。我深信,超越国境的我们的研究会,亦必将超越时代和种族,在一衣带水的大地上,绽放出夺目的绚丽之花。






