中国と日本を代表する花、
「梅」と「桜」をモチーフにし、
「中日」の文字を図案化して花の中心に
アレンジし、交流、融和を表現しています。
整个图案是以代表中国的梅花和代表日本的樱花揉和而成,“中日”两字巧妙结合,成为花心,很形象的表现了中日之间的交流和融合。
中国古语曰“远亲不如近邻”,中国和日本作为一衣带水的邻邦,友好往来的历史源远流长,从秦朝的徐福东渡到隋唐时期的遣隋使遣唐使西渡,从远古时代汉字传入日本到近年来日本电器在中国的走俏......两千多年来,中日两国在经济、文化、贸易等方面有着密切的往来。尽管有过恩恩怨怨,但正如周恩来总理所说中日两国“两千年友好,五十年对立”,友好仍是长期和主要的。众多的中日有识之士都意识到中国和日本“和则两利,斗则俱伤”,中日友好是所有善良人的美好愿望。
而要友好,交流是前提。交流是心灵的沟通,交流是进步的捷径,我们的杂志定名为《中日交流》,意即在于在中国和日本之间搭建一座桥梁,让大家相互了解和沟通,消除冤恨和误会,成为比较友好的邻里,促进双方的友好来往和经济文化的交流发展。
在日本公开发行的《中日交流》杂志,订户遍布日本全国。目前在这里以中日文双语形式,公开面向日本人发行的杂志,除了中国政府的《人民中国》、台湾政府的《光华》外,《中日交流》是第三家,而且她力主真实、客观,平民、大众,所以,一出现就得到了广泛的注意和好评,已经连续两年获得日本政府的经济支援。
《中日交流》,有三重县日中友好协会、华侨总会、日中交流会的全力相助;有NPO法人芭蕉俳句协会、樱花友谊林协会、三重县中国留学生激励会、三重地区留学生学友会等组织作为后援;三重县国际交流财团、津市国际交流财团所给于的财力上的支持。我们自信《中日交流》会在我们全体职员的努力下,在您的关注下,快速发展起来。
《中日交流》誌同仁
中国の諺にも「远亲不如近邻」(遠くの親戚より近くの他人)があり、中国と日本とは一衣帯水の隣国で、友好往来の長い歴史があります。秦の時代の徐福から隋唐時代の遣隋使、遣唐使、大昔の漢字の日本へ伝来から、近代日本電化製電品の中国でのヒットと、中日両国は経済、文化、貿易などにおいて二千年こえる密接な交流がありました。不愉快な過去があったにもかかわらず、周恩来前総理の喩えたように「友好二千年、対立五十年」、友好は長期かつ重要でした。中日の多くの有識の人々は中国と日本は「和であれば、両方に利があり、戦うなら、共に傷付く」のことを知っており、中日友好は善良なすべての人々の美しい願望です。
友好であるためには交流が必要です。交流は心と心のコミュニケーションであり、交流は進歩の近道です。われわれの雑誌の名前を「中日交流」にした意味は中国と日本の間の架け橋を作り、お互いの了解や理解を促進し、誤解などを解消して、中日の友好協力と経済発展と促進するためです。
中日交流」誌は、日中両国の言語を使い、日中両国で発行する日中対訳雑誌である。創刊の目的は客観的な真実の伝達、両国民の相互理解のために友好交流の場を作り、両国の経済文化交流の発展のために架け橋の役割を果たす。また相互の文化を理解し、両国民の友情を育む事により、日本と中国の国民のより強固な関係の構築に寄与する事を目的とする。
「中日交流」誌を通じて伝えたいことは以下の事である。
『中日交流』は、創刊にあたり、三重県日中友好協会など全国の友好団体のご指導、ご協力をいただき、私達一同心より感謝を申し上げます、今後とも、皆様方のさまざまな力添え、ご意見、ご希望などを聞いて、より良い雑誌をつくっていきたいと願っています。
「中日交流」誌
《中日交流》誌
2007年2月1日初版印刷
2007年2月16日初版発行
国際標準刊号 ISSN 1881―5650
発行 日中交流会
出版 『中日交流』誌
顧問 柳濑 恒範 松田 信義
理事 広瀬 和久 田中 一久 冲永 雅子 川北 広
編集長 劉改雲
副編集長 単喜軍 伊藤 友子
中国事務担当 張洪英
日本語編集 新島 里子
中国語編集 沐子 杜桂紅
中国:
Tel: 13521688294
Email: ediror_2006@126.com
日本:
雑誌社址: 〒514-0155 日本三重県津市一身田豊野1406---60