蘇涛と彼の書道
近年、1人の有名な書道家が内モンゴル大草原から出てきた。彼の名は、蘇涛である。
蘇涛との出合いは、まさしく縁である。2008年11月中旬ころ、私は仕事で帰国した。無錫から北京行きの列車で、私は蘇涛と同一のボックス席に座っていた。彼は日本で私を知っていたのです。しかも、日本で発行されている《中日交流》という雑誌の投稿にとても興味を持ったというのです。「中国の書道と日本の書道とは、同根同源なので、本質から言えば一致するところがあります。どちらも“技”から“芸”へと進んで、最後に“道”まで高まるという過程です。このような書道の芸術的形式を通して、完璧な自己表現ができ、“人書一体”といったような境地にまで達します。しかし結局は、中国の書道と日本の書道とは、各自の民族文化、地理環境、歴史の特徴などによって、両者には大きな違いがあるわけです。ですから、両国の書道家が不定期にお互いに交流したり、長所を取り入れ短所を補い合えば、もっと良くなるでしょうね」と、蘇涛は言っていた。
私は今までずっと何人かの“著名人”に対して敬遠していたが、蘇涛さんの話を聞いて、私達の間の距離が急速に縮まったような気がした。そして、日本のこと、中国のことを話し始め、両国の書道と書道家のことにまで及び、とても馬が合い話が弾んだ。
蘇涛は1953年8月に生まれで、内モンゴル赤峰喀喇沁旗
蘇涛の書道の中でも、彼の草書は他の追随を許さないものを具えていて、「黄鶴カップコンクール」、「国内外書道展示会」、「第一回中国書道蘭亭賞」などのコンクールに前後して入賞した。2006年、《書道導報》は二つの紙面で全面的に蘇涛の書道を紹介し、書道界の関心を集めた。
現在、中国書法、日本書道、韓国書芸はどれも発展を遂げ、相当高い境地に到達している。それらの間には共通点もあれば、また独自の特徴も具えている。各国の書道家がお互いに交流することはとても必要で、そうすればお互いに参考にすることができて、各々の書道の特徴を採り入れ、自己の書道要素は完全であると蘇涛は思っている。彼は、日本の書道愛好家の人たちと共に交流し、お互いに学び合い、書道芸術を高め、模索する機会を望んでいる。
苏涛和他的书法
近几年,从内蒙古大草原走出了一个很有名的书法家,他,就是苏涛先生。
认识苏涛,纯属缘分。2008年11月中旬,我回国内办事,无锡开往北京的火车上,我和苏涛先生在同一个包厢。当他知道我在日本,而且做着一份在日本发行的名叫《中日交流》的杂志时,很有兴趣。他说:“中国书法和日本书道,同源同根,在本质上有一致之处,都要求由“技”到“艺”,最后上升为“道”,以便通过书法的艺术形式,完美的表现自我,达到“人书合一”的境界。不过,毕竟中国书法和日本书道,各自所处的民族文化、地理环境、历史特点不同,两者也有很大的差别,所以,两国书法界人士如果能够不定期的互相交流、取长补短,那就更好了。”
我向来对一些“名人”敬而远之,但苏涛先生的一席话,拉近了我们之间的距离。我们开始谈日本、谈中国,谈两国的书法和书法家,很是投缘,谈得很好。
苏涛先生出生于1953年8月,生长在内蒙古赤峰喀喇沁旗锦山镇的一个农民家里。不过,他的父亲是一个文化人,每到春节,他的父亲就会给远近村民们写对联,苏涛从6岁开始就跟着写对联的父亲开始学习书法。由于文化大革命开始,苏涛中断了学业,15岁开始就开始回家乡农村做农活。一有时间,他就练习书法,逢年过节,就给人们写对联,所以,他的书法在当地很有名。由于他字写得好,人又厚道,就被推荐到村里小学做小学教师,以后也做过电影美术工作者、新闻工作者等职业。现在,苏涛先生是中国书法家协会会员、中国书画界联合会理事、中国书法艺术研究院副院长、国家二级美术师,多次举行书法作品展并多次获得大奖,被权威人士认为是二十一世纪最具实力的书法家。
在苏涛先生的书法中,他的草书具有独到之处,先后在“黄鹤杯大奖赛”、“中外书法展”、“首届中国书法兰亭奖”等大赛中,都获得了大奖,2006年,《书法导报》用两个版面的篇幅全面介绍了苏涛的书法,引起了书法界的关注。
现今世界,中国书法、日本书道、韩国书艺都发展到一个很高的境界,它们之间既有相同的地方,又具有各自的特点。苏涛先生认为,各国书法家互相交流很有必要,可以互相借鉴,吸收各自书法中的特点,完善自己书法元素。他希望寻找机会,和日本书法爱好者们一同交流,相互学习,提高书法艺术。
訳/張文宏 校/沖永雅子










