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豫商連合会会長陳義初との話

排行榜 收藏 打印 发给朋友 举报 来源: 本站原创   发布者:霍 玲 王 娟娟
热度65票  浏览45次 【共1条评论】【我要评论 时间:2009年5月29日 06:55

                              /霍 玲 王 娟娟  訳/沖永 雅子

 

河南省で、陳義初氏と言えばその名を知らない人はいないというほどの人物です。彼は浙江省出身ですが、40年前から河南省で暮らしています。また鄭州市長在任中、鄭州市民のために数々の業績を残し、鄭州市全市民から、優秀な市長として認められています。鄭州市市長を辞職後、河南省政治協商会議の副主席に選ばれ、最初に“新豫商”(豫商とは河南省出身の商業代表者・企業代表者の組織を意味する)を旗印として打ち出し、“河南人経済”の発展を提唱しました。この間、彼は河南省政治協商会議の関係者と河南省の報道機関記者とともに、“新豫商”の足跡を訪ねて、豫商の努力のあとを伝えるとともに、新しいイメージをアピールし、各地での河南商会立ち上げも支援、二回の豫商大会も開催しました。20081月に省政治協商会議機関から退職後、陳義初氏は河南省豫商連合会、第1期会長に選出され、更に“河南人経済”の発展の上に、“新豫商”ブランドを造り育てることに全精力を注ぎました。先日、陳義初会長は当誌の取材を受けて、豫商グループ、豫商連合会大会と中日交流などについての率直な見解をお話しいただきました。

 

記者:2006年のスタートから、3回の豫商大会を成功に導き、中国全国で河南商会の組織を立ち上げられましたね。豫商大会の開催、河南商会の立ち上げの目的は何ですか?

 

陳義初(以下、陳とする):豫商大会は河南の企業家としての旗印で、河南省以外の皆様にとって河南省を理解して頂く重要な手段となっています。豫商は全国各地ですばらしい業績を残しましたが、河南省との連携が不足していたため、その機会として豫商大会の場を彼らに提供しました。

 

 各地での優秀な豫商起業家の宣伝を通して、多くの人にとっての、自主的な起業への励みになっています。河南省は農業中心の省で、7000万人を超える農業人口を抱え、河南の“三農(農村、農民、農業)”問題を解決するためには、農民の一部を第1次産業から第2次,第3次産業にシフトさせることが必要です。政府に頼るだけではなく、この問題の解決には更に多くの起業家と企業家の協力が必要です。

 

豫商大会は、豫商のUターン者を呼び寄せ、激励することにもなります。彼らは郷里での投資、中原(河南省の意)発展にとって大きな推進力となっています。商会創立の目的は、多くの企業家への支援で、商会を企業家の拠り所にしていきたいと思っています。商会立ち上げの後も、企業家に諸々の負担の増加があってはいけないのです。私達がしたいのは、量ではなく、質にあり、広さではなく、実質的であること、にあります。錦に花を添えるのではなく、雪中に炭を送ることにあります。

 

 発展のためには、お互いの情報交換が必要で、ないものは融通し合い、補い合い、提携を拡げて、最終的には双方がよくなるのです。豫商連合会は創立以来、努力を続け、各地の河南商会間の、また豫商とその故郷、企業政府を結ぶ、重要なかけはしときずなの役割を発揮し、多方面に亘る各地の河南商会組織の連携を通して、広範囲の豫商の団結、豫商が共に発展成長することを促進します。河南省、更には中国の経済発展に貢献します。

 

記者:何故“河南人経済”を掲げるのですか?“河南人経済”発展の意義は何ですか?

 

陳:河南省の情勢と中国の国情はとても似ています。河南省の情勢は、人が多く資源が少ないことです。私達は市場の調整を通じて、農民が土地から離れることもでき、都市や町で農業以外の産業に就いて、就労するだけではなく、更には起業家になることを願っています。これは“三農問題”の根本的な解決の、ひとつの道となります。ですから、“河南人経済”を掲げて、私達の視野を拡げたいと思うのです。

“河南人経済”の発展は中原の飛躍的な発展実現の重要な政策です。中原の発展は河南省の人びとの共通の願いです。河南の地を離れ、更には、河南戸籍を失っても、彼らの郷里への思いはかえって強くなり、この感情は彼らに、ますます河南との繋がりを密にさせることになります。“河南人経済”の発展は、実際には、河南の発展へと力が凝集するので、中原の飛躍にとって重大な意義があります。

 

記者:現在、商会の発展はどのようですか?日本で商会を立ち上げることは可能ですか?

 

陳:2008年、中国国内で正式に立ち上げた省外の河南商会組織は26に達し、2009年の年末には、国内の豫商組織は30以上になる予定です。ほぼ中国全土を網羅することになります。国際交流においては、オーストラリアニュージーランドアメリカカナダルーマニアハンガリーなどの河南商会(同郷人会)との連絡を強化して、活発な交流活動を行い、関係を深め、そして国際協力プロジェクトを援助しました。日本経済は発展ており、中国の貿易相手国ですが、、2007年には、中国もまた日本の貿易相手国第1位になりました。中日両国の経済はお互いになくてはならない存在ですし、その関係は絶えず深くなっています。今、河南省では、日本へ留学する人、日本でビジネスする人がますます増え続け、業績を得ていますが、そこにも私達、豫商の足跡があります。ですから日本で商会を立ち上げることも計画中です。今後も、私達は多方面に亘り検討し、豫商とも連絡を取りあい、早く実現するよう努力します。

 

 同時に、もっと多くの日本企業が河南に投資することを切望します。以前は、日本企業の大部分は改革開放の先駆けとなった沿海地区を重視していましたが、私達河南省の改革開放も多大な効果を得ています。他にも、河南省の労働者は多く、コストが低いため、これらは企業の発展にとって、とても有利な条件です。

 

記者:陳会長は日本とはどんな関係におありですか?日本に対する認識はいかがですか?

 

陳:私は日本ととても深い関係があると言えます。1980年代に、私は開封トラクター電機電器工場で働いていた時に、日本から、技術を導入し始めました。80年代初期、初めて訪れた外国が日本なのです。鄭州市市長の任期の間に、私は度々日本を訪問し、日本の発達した経済、美しい環境、日本の友達は親切でお客好きで、そのどれもが私に深い印象を残しています。

 

 妻の閻育明は鄭州市の外事弁公室主任を務めていましたが、かつて研究訪問で2度日本を訪れ、その前後で3年間、日本に滞在しました。そのため帰国後は、色々な日本の生活習慣を続けています。例えば、ゴミを出すときは、日本にいた時のように、家でそれぞれ分別し、“リサイクルごみ”、“廃棄ごみ”、“汚染ごみ”の3つのごみ箱を置いて、ごみは分類して出しています。

 

 日本とは30年余りの交流がありますが、私の日本への理解はまだまだ足りないと感じています。日中両国は‘一衣帯水’の関係です。歴史上では鑑真が日本へ渡り、日中両国の友情のために傑出した貢献をしました。中国の多くの文化人、例えば魯迅、弘一法師なども、かつて日本へ留学しました。日中両国は、学生間、企業家間はもちろん、国民同士で、交流を深めていくことが必要だと思います。また政府も交流の促進に努力するべきです。たとえば鄭州と日本の都市との間で直行便を運航するとか、日本政府は中国人に対する観光ビザの政策を緩めて、日中両国人の友好的往来のためにもっと便宜を図っていただくことを希望します。

 

記者:現在、中国では、学生の海外留学はすでにブームになっていますが、私達から観ると、日本へ留学する中国学生は欧米諸国へのそれより少ないです。陳会長はこのような情況の原因は何だと思いますか?この問題を解決するためには、どんな提案がありますか?

 

陳:私は、言語が重要な問題だと思っています。我が国の中学校での外国語は99%は英語ですので、言葉が通じないことが、日本への留学生が少ない原因だと思います。日中はこの方面でいくつかの措置をとって交流促進を図るべきです。たとえば両国協力のもとに学校をつくること、日本の国立大学で私達の高校卒業生を受け入れていただく、また私達も高校で日本語コースをつくるなど、日本の大学と提携して、定期的に学生を交流に送り出したいと思います。

 

 同時に、以前は日本では“研修生”の方法で中国人を受け入れて、いくつかの模索がなされました。このような基盤の上で、日本にいる中国人留学生に対して、就労のための便宜を図っていただくことを希望します。

 

記者:日本の友人に話したいと思われることが何かありますか?

 

陳:河南は中華民族の主な発祥地で、悠久の歴史と光り輝く文化を持っています。また中国で重要な経済の省、新興工業の省です。言わば、河南は中国の1つの縮図で、中国を理解するためには、必ず河南省を理解していただかなければなりません。

 

 日本の多くの方々は、河南省の少林寺や龍門をご存じですね。他にも河南省には、景色の美しい所がたくさんあります。たとえば大別山、太行山など、是非見ていただく価値があると思います。

 

 とても長い間日本の友達にお会いしていませんので、皆さんを大変懐かしく思います。機会があれば、私は日本に行って皆さんにお会いしたいですし、ぜひ皆さんにも河南省を訪問して頂きたいと思います。また、たくさんの日本の皆様が河南省へ観光に来られたり、会社や、工場を作られることを切に希望します。河南省は日本の皆様の訪問をお待ちしております。

 

記者:今日はお忙しい中、インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

 

   

 

  

对话豫商联合会会长陈义初

 

在河南,说起陈义初,几乎没有不知道的。他是浙江人,但却有40多年都生活在河南。他担任郑州市长期间,为郑州人做了很多实事、好事,是郑州人公认的好市长;卸任郑州市市长职务后,陈义初当选为河南省政协副主席,率先树起了“新豫商”的旗帜,倡导发展“河南人经济”。其间,他带着省政协相关人员和河南的新闻单位一路追寻新豫商的足迹,宣传豫商的奋斗经历、展示豫商的新形象,帮助各地成立河南商会,出版了高质量的新豫商系列研究丛书,成功举办了两届豫商大会;20081月从省政协离职后,陈义初又当选为河南省豫商联合会首届会长,更是将全部精力用于打造豫商品牌,发展“河南人经济”上。日前,陈义初会长接受了本刊采访,畅谈对于豫商群体、豫商大会以及中日交流的一些看法。

 

记者(以下简称记):从2006年启动以来,豫商大会已成功举办三届,并在全国范围内成立了河南商会组织。举办豫商大会、成立商会的目的是什么?

陈义初(以下简称陈)豫商大会是河南企业家创造的一面旗帜,是外界了解河南的重要渠道。豫商在全国各地创造了奇迹,但缺少与河南沟通的平台,豫商大会为他们提供了机会。

 

   通过宣传在各地成功创业的豫商典型,可以激励更多的人走出去自主创业。河南是农业大省,有7000多万农业人口,要解决河南的“三农”问题,需要一部分农民从第一产业转移到二、三产业,解决这个问题,不能光依靠政府,还要依靠更多的创业者和企业家。

   豫商大会还可以吸引和鼓励豫商回归。他们在家乡的投资,对中原崛起有很大的推动作用。成立商会的目的就是为广大的企业家服务,使商会成为企业家的家。不要在成立商会之后,给企业家增加这样那样的负担;我们所做的事情不在于多,而在于精;我们所涉及的范围不在于广,而在于实;不在于锦上添花,而在于雪中送炭。

 

要发展,就要在彼此之间多交流信息,互通有无,优势互补,拓展合作,才能最终在合作中双赢。豫商联合会成立以来,一直努力发挥各地河南商会之间、豫商与家乡之间、企业与政府之间重要桥梁和纽带作用,通过广泛联系各地河南商会组织,团结广大豫商,来促进豫商共同发展壮大,为河南乃至全国经济发展做出贡献。

记:为什么提出“河南人经济”,发展“河南人经济”的意义是什么?

河南省情和中国国情很相似。我们的基本省情是人多资源少,我们希望通过市场配置,让部分农民能够脱离土地,走向城镇和非农产业,他们不单单成为务工者,更要成为创业者,这才是解决“三农问题”的一个根本出路。所以,提出了“河南人经济”,是想把我们的视野拓得更宽一些。

发展河南人经济也是实现中原崛起的重要举措。中原崛起是河南人的共同心愿。有些人虽然离开了河南这片土地,有的甚至不再拥有河南的户籍,但是他们的乡结却是越结越牢,特殊感情促使他们日益加强与河南的联系和互动。河南人经济的发展,实际上也是在为河南的发展积蓄和凝聚力量,对中原的崛起有重大的战略意义。

记:目前商会发展如何?会在日本成立商会吗?

陈:2008年,国内正式成立的异地河南商会组织达到26家,2009年年底,国内的豫商组织将超过30个,基本上实现全国覆盖。在对外交流上,加强了与澳大利亚、新西兰、美国、加拿大、罗马尼亚、匈牙利等地的河南商会(同乡会)的联系,往来互动,增进感情,并促成了一些国际合作项目。日本经济发达,和中国是进出口贸易伙伴。2007年,中国还成为日本第一大贸易伙伴。中日两国经济是互相依存的,且依存度也在不断加深。如今,越来越多的河南人到日本留学,经商,并取得了成绩,那里也有我们豫商的足迹,所以在日本成立商会也是计划中的。接下来,我们会全面考察,多方联系在日豫商,争取早日实现。

同时,也希望能够有更多的日本企业来河南投资。以前,日本的公司大都看重沿海地区,因为那里走在改革开放的前列。但也应该看到,我们河南的改革开放也取得了很大的成效,此外,河南劳动力多,成本低,这些对于企业发展来说,都是非常有利的条件。

记:您跟日本有哪些接触?对日本有怎样的认识?

陈:说起来,我跟日本有着很深的渊源。早在上世纪80年代,我在开封拖拉机电机电器厂工作时,就开始从日本引进技术。80年代初期,我第一次出国,所去的国家就是日本。在郑州市市长的任期内,我也曾多次访日,日本发达的经济、优美的环境和日本朋友的热情好客都给我留下了深刻的印象。

我的夫人阎育明曾任郑州市外事办公室主任。她曾两次在日本做访问学者,先后待了三年时间。以至于回国后,保留了很多在日本生活的习惯。在垃圾处理上,也像在日本期间一样,在家里分别搞了可回收不可回收有污染的三个垃圾筒,归类投放。

虽然和日本有30多年的交流,但我觉得对日本的了解还很不够。中日两国是‘一衣带水’的关系。历史上就有鉴真东渡,为中日两国的友谊做出了杰出的贡献。中国的很多文化名人,如鲁迅,弘一法师等,都曾赴日留学。希望中日两国人民,无论是学生之间,企业家之间,还是民众之间,都要增进交流。政府也应努力促进交流。比如在郑州和日本某个城市之间开通直飞航班,日本政府可以放宽对中国人的旅游签证政策,为中日两国人民的友好往来提供更大的便利。

记:现在中国学生出国留学已经成为热潮,但是据我们观察,到日本留学的中国学生明显少于去欧美国家的。您认为造成这种现象的原因是什么?对于解决这个问题有什么建议?

陈:我认为,关键在于语言问题。我们的中学生学习的外语99%是英语,语言的不通使得赴日本留学人数较少。

中日应在这方面采取一些措施来促进交流。比如可以合作办学。日本某个国立大学,能接受我们的中学生。我们也可以在某个高中(如外语高中)设立一到几个日语班,和日本大学签合同,定期输出学生。

同时,以前日本方面在吸收“研修生”方面做了一些探索。在这样的基础上,希望日本方面能够为在日本的中国留学生提供更多在日本工作的方便。

 

记:有什么想对日本友人说的?

陈:河南是中华民族的主要发祥地,有着悠久的历史和灿烂的文化,也是全国重要的经济大省、新兴工业大省。可以说,河南是中国的一个缩影,要了解中国就要了解河南。

许多日本人都知道河南的少林寺、龙门,但除了少林寺、龙门之外,河南还有很多优美的风景,比如大别山、太行山等等,都是很值得一看的。

很长时间没有见日本的朋友了,非常想念他们,有机会我会去日本看他们,也希望他们有机会能来河南。同时,希望能有更多的日本友人来河南旅游观光、经商办厂,河南欢迎你们。

 

记:谢谢陈会长在百忙中接受我们的采访

 

 

 

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2009-06-01 10:54:32
开放的河南欢迎你!
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