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私の日本語の先生方

热度16票  浏览68次 【共2条评论】【我要评论 时间:2009年5月29日 07:47

                                  

 来日してまもなく4年になります。日本語はまだまだ不十分ですが、これまで14人の先生方に根気よくご指導をいただき、少しは話せるようになりました。親切で、熱意にあふれた14人の先生方のことは忘れることができません。

 

 指導を受けた時間が最も短かったのは、最初の先生で女性でした。当時は日本語が話せず、また書くことができなかったこともあり、先生の名前は覚えておらず、残念でなりませんが、熱気ある授業の様子は忘れることができません。今でも鮮明に覚えている2つの出来事があります。1つめは、授業中インドの若者が愉快なしぐさをするので、それを見た韓国の若者が「この人は本当に美味しい!」と言い、先生が驚いて口をあんぐりしたことです。「この人は本当に面白い!」と言いたかったのですが、この一言でみんなは大笑いしました。2つめは、40歳ぐらいの先生が、新年のお願いについてというテーマで授業をしていたときのことです。先生は毎年「早く結婚できますように」とお願いするのにその願いはいまだかなっていないというので、みんなが美人の先生に同情していたところ、突然先生はインドの若者に「私と結婚しましょう」と言いました。彼は当時日本語がきのどくなぐらいわずかしかできず、意味も分からず「OK、OK」と答えたので、先生と私たちはみんな大爆笑をしました。となりの人が詳しく説明すると、彼は財布の中からガールフレンドの写真を取り出し、指さしながら英語で言いました。「ダメダメ、私は彼女と結婚します」

 

 その後8人の先生が私を指導してくださいました。田中先生、2人の加藤先生、時武先生、山田先生、奥野先生、2人の渡部先生です。中でも山田先生と奥野先生は私に日本語スピーチコンテストに参加するように勧めてくださいました。その時点ではかなり努力を要する状況でしたが、1週間で3分間の原稿を書き、次の1週間で暗記と練習をしました。先生は喫茶店で補習もしてくださいました。スピーチを終えて、われながら進歩した気がし、そのときからつとめて日本語でものを書くようになりました。渡部先生は2人とも女性で日本語だけではなく、日常生活の常識も教えてくださいました風邪を引いて喉が痛いときは蜂蜜漬け大根茶を飲むといいと教えてくださり、私は今でもそうしています。もう1人の渡部先生が教えてくださったのは様々な豆腐料理で、今でもよく作ります。中でも白菜巻きの豆腐料理は、娘のお気に入り料理の1つになりました。

 

 それから、指導を受けた時間が最も長かったのは佐藤先生で約3年、山下先生には1年あまり指導していただきました。佐藤先生は72歳の先生で、マレーシアで働いた経験があり、英語が流暢で、中国の事情に精通されています。よくマレーシアの中国人の風習の話や、写真を見せてくださいました。また毎回新入生には漢字の起源は中国で、日本は中国から多くのことを学んだという話しをされました。3年間同じことを何度も聞くことになるとは思いもよりませんでした。スピーチの最後はいつも「中国はすごい!」で締めくくられました。

 

 山下先生は50歳ぐらいの女の先生で、私が2人の子どもの母親であることを気にかけてくださり、よくインターネットや雑誌に掲載された料理の作り方や子どもの育て方についての記事をコピーしてくださり、大変役立ちました。先生は私ともう一人の学生を自宅に招いてくださり、太巻き、手巻き、散らし寿司、いなり寿司等を作り食事をし、また帰るときにはお土産としても持たせてくださいました。そのときの食事は忘れがたく、お寿司の作り方を学んだだけではなく、我が家に帰ったような暖かな気持ちになりました。先生は又バーベキューにも誘ってくださいました。ご自宅の庭には多くの果実の樹や花々が植えられており、心地よい環境の中で食事をしながら談笑していると、まるで自宅にいるような気になりました。室内には何枚もの外国人と一緒に撮った写真が飾ってありました。多くの留学生を受け入れておられ、あるアイルランド人留学生は1年間ホームスティをしたということでした。帰るとき先生は私たちに家庭菜園で作った野菜をたくさん持ち帰らせてくださり、里帰りをした気分になりました。

 

 坂上先生には特に親しみを感じた出来事が2つありました。1つめは用事ができ授業に出席できなくて休暇を願い出ると「これも勉強ですよ」と先生はそのたびにおっしゃいました。2つめは子どもたちのことを気にかけてくださり、名前も覚えてよくたずねてくださいます。ひな祭りの時は子どもたちに素敵にラッピングされたキャンディーやビスケットをくださいました。また小学校入学に際しては、学校生活で使う日本語の本をわざわざ送ってくださり、その中の常用語には注意するようにアドバイスをいただきました。

 

 現在教えていただいているのは早坂先生と杉本先生です。早坂先生は実際の対話練習で学んだ知識の確認をするという授業形態で、毎回授業後宿題が出されます。杉本先生の授業は、一を聞いて十を知るというぐあいに、例えば「吹牛」は「大げさ」、「ほらを吹く」、「針小棒大」、「逃がした魚は大きい」等、知識を広げ、覚えやすいものです。

 

 日本でこのような親切な先生方に出会い、私は自分に言い聞かせています。「もっと努力すれば、日本語はもっと上達するはずだ」と。先生方には本当に感謝しています。日本語だけではなく異国でのぬくもりと人生の啓発を与えてくださいました。

 

その先生方は全員、無償のボランティアです。

 

(中文)

 

 我的日师们

 

  来日本快四年了,日语虽还是不行,可承蒙前前后后十四位老师的耐心教导,总归会说上一些了。十四位老师,每一位都那么亲切、热情,让我难以忘怀。

 

      时间最短的是第一个女老师,那个时候不会日语,也没有做好笔记,连老师的名字也没能记下,很遗憾。可是却怎么也忘不了老师上课时教室里气氛的活跃。至今仍清楚记得两件事情。一件是:那时一块上课的印度小伙儿,时不时来个幽默动作,另一个韩国小伙儿看见了,说了句“这个人真好吃哪!”,老师张大了嘴巴。其实韩国小伙想说的是“这个人真好玩哪!”,结果引得大家笑声一片。另一件是:女老师估计有四十来岁了,那天上课时讲到新年祈愿,老师说她每年都虔诚地祈愿“让我快点结婚吧”,可每年都没能结婚。大家正在替漂亮老师惋惜的时候,不想老师对着印度小伙儿来了句:“我跟你结婚,行吗?”。印度小伙儿那时日语也是可怜得很,他立马回了句“行,行。”老师和我们都笑翻了。好不容易等旁人向他解释清楚了,小伙儿拿出了钱包,指着里头的女友照片用英语说着:“哎,不行不行,我得跟她结婚。”

 

      这以后还有八位老师教过我。他们是田中老师、两位加藤老师、时武老师、山田老师、奥野老师、两位渡部老师。这当中山田老师、奥野老师曾鼓励我参加外国人日语演讲,那时几乎还不大能开口的我,着实努力了一番,花一周时间写了三分钟的稿子,花一周时间背、操练,老师还约我去茶室边喝茶边辅导,等演讲结束,我自己也感觉进步了好多。收获大的是从那时起,我敢用日文写东西了。两位渡部女老师教日语的同时,还教了我好多生活常识。其中一位老师教的感冒喉咙痛时喝蜂蜜腌萝卜水的方法,我现在常用。另一位渡部老师教的各类豆腐做法,我也常做,那道叫做白菜卷的豆腐料理,成了我女儿最喜欢的料理之一。

 

      还有两位老师,我跟他们学习的时间最长,一位是佐藤老师,跟他学了近三年,另一位山下老师,跟着她学了一年多。

 

      佐藤老师是位七十二岁高龄的老先生,曾在马来西亚工作多年,英语流利,对中国很有兴趣,而且非常了解,常向我讲马来西亚华人的风俗,给我看他中国之行的图片。每次有新生来,他都会向他们介绍汉字起源于中国,日本学了中国很多东西等等。近三年的时间里,我不知听他讲了多少遍,而每一次,他都会用一句“中国了不起哪”结尾。

 

       山下老师是位五十来岁的女士,她总牵挂着我是两个小孩的妈妈,经常会从网上或杂志上复印一些关于做饭和教育小孩资料给我,非常实用。老师曾邀请我和另一位同学一起去家里学做寿司。我们做了太卷、手卷、散寿司、稻荷寿司等。吃过后,老师又装了两个大饭盒,让我们带回家。那顿饭,我怎么也忘不了,学了本领,还带着温馨的感觉回家。老师还邀请我一家人去家里烧烤。老师家的院子里,种了很多种果树,栽了很多种花,在那么舒服的环境里边烧烤边谈笑,像是回到了自己的家。老师家挂着多张和外国人合影的照片,原来老师家住过很多外国的留学生,时间有短有长,曾有一爱尔兰留学生在老师家住了一年。告别时,老师给我们了很多她家菜园的菜,让人颇有回娘家的感觉。

 

     另外还有一个坂上老师。老师有两个地方在我看来特别可亲,一是:如我有事不能去上课,请假时,他总要跟我说“你这也是学习呀”;二是老师对我两小孩的情意。两小孩的名字他记着,常问起。女儿节的时候,他会给两份包装精美的饼干糖果等小礼品。女儿上小学前,老师专门送来了描写小学生在学校生活场景的日语书,提醒我注意里面的常用语。

 

  现在的两位老师是杉本老师和早坂老师。早坂老师喜欢结合实际对话练习刚学的知识点,每次课后还布置作业;杉本老师特会举一反三,比如说“吹牛”,他会说起“大袈裟”,“法螺を吹く”,“針小棒大”,“逃がした魚は大きい”等,长知识,而且容易记忆。

 

       在日本生活着,有这么多可亲的老师们,我总告诉自己:再努力点儿,我的日语肯定能顶呱呱。感谢老师们,他们不仅帮助我学习日语,还给了我很多异国的温暖和人生的启迪。

 

     可他们全是不拿工资的志愿者呀。

 

 

 

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中日交流河南省南阳市网通网友 [雪儿] ip: 218.29.*.*
2009-05-29 08:12:16
可敬!
中日交流APNIC网友 [许星] ip: 118.117.*.*
2009-07-24 01:23:34
真的可敬啊!
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