北畠氏館跡庭園
北畠氏馆迹庭园
津市观光振兴科
北畠氏馆迹庭园位处津市美衫町北畠神社之中,采用的是被称为“环游式庭园”的日本庭院形式。(在观赏北畠氏馆迹庭园的时候,可以在园内环游。)可以在园内环游着观赏北畠氏馆迹庭园。
庭园中设有米字池(从池子正上方俯瞰,可以清楚地看到一个“米”字)、人造假山、枯山水(不使用水仅靠沙石就能展现出山水景观的技法)等。这些景观都是来自于对自然地形的有效利用。
在庭园正中建造一个大的水池,然后水池周围以小道环绕,再以假山等方式来再现各地的风景名胜,这在环游式庭园中又被特别称之为“池泉环游式庭园”。这是日本庭园中最普通不过的形式。
话虽如此,不过北畠氏馆迹庭园有着朴素却又豪迈的魅力,并且是室町时代的珍贵文化遗产,因此被指定为国家名胜及历史古迹。
北畠氏馆迹庭园的创建者北畠氏一族,在距今大约650年前,前后历经9代都曾位居伊势国司,名声显赫。北畠氏在这片土地上修筑城(堡)池,并且利用美杉町的地形,在这里建造了城堡。
历经北畠氏9代人的经营,当时的美杉町作为连接日本中心大和和伊势的交通枢纽而日渐繁华,鼎盛时期的人口据说已经超过了1万人。
在这之后,因为连接大和与伊势的道路作为重要街道而得到整修,这里就成为了从大阪到伊势的捷径,众多前去伊势神宫参拜的行人熙攘往来。由此美杉町发展成为重要驿站,繁盛一时。
(所在地:津市美杉町上多气)
译者注:
伊势本街道:从大阪出发,途经奥津,最终到达伊势的各地街道的总称。
宿场:在江户时代,为了传送邮件而设置的城镇。类似于中国古代的驿站。
北畠氏館跡庭園
津市観光振興課
津市美杉町の北畠神社境内にある北畠氏館跡庭園は庭園内を回遊して鑑賞することができる回遊式庭園といわれる日本庭園の形式を用いています。
真上から見ると「米」の文字が見て取れる米字池や人工的に作った山である築山、水を用いずに石や砂などにより山水の風景を表現する枯山水の技法などが、自然の地形を生かして配置されています。
このように大きな池を中心に配し、その周囲に園路を巡らして、築山などで各地の景勝などを再現したものを、回遊式庭園の中でも特に池泉回遊式庭園と呼び、日本庭園のもっとも一般的な形式です。
しかしながら、この北畠氏館跡庭園には素朴で豪快な魅力があり、また室町時代の貴重な文化遺産であることから、国の名勝及び史跡に指定されています。
この庭園を造った北畠氏一族は、今から650年ほど前に9代にわたって伊勢国司として活躍し、この地に居城を築き、美杉町の地形をいかして城下町を作りました。
北畠氏の9代にわたる活躍により当時の美杉町は、日本の中心であった大和と伊勢を結ぶ交通の要衝として栄え、最盛期の人口は1万人を超えていたと伝えられています。
その後、大和と伊勢をつなぐ道は伊勢本街道として整備され、大阪から伊勢への最短の道としてお伊勢参りに向かう多くの参拝客が行き交い、宿場町として賑わいを見せるのでした。
(住所:津市美杉町上多気)







