北京物語
文・李 瑶
私は中国の南方で生まれ育ったため、西南地区、江南及び福建省南部を旅行したことはあるが、北へ行ったことは一度もない。それどころか、中国の南北の境界線——秦嶺・淮河線を越えたことさえもなかった。そこで、今回はお参詣に行くような気分で、北京を旅した。
都市への旅はリゾート地への旅行とは異り、その地方の風土や人に接し、その地方独特の風俗、習慣、人情を実感し、衣食住・交通機関など、市民に密着した暮らしを体験することを大事にすべきだ。
初めての皇城探訪
人が多く、土地が広いというのが北京へ来ての第一印象だ。
北京に着いた日は、晴れ渡り、乾燥していて、秋空が高く空気がすがすがしく感じられた。真っ青な空に白い雲、伝統的な建物と対照となる近代的なビルの組み合わせは一種独特の面白みを醸し出している。
地図を開くと、北京の都市部の構成はかなり整然としている事がひと目見てわかる。それは碁盤の目のようになっていて、天安門を中心に南北の中軸線が北京市を東西に分け、長安街が東西に伸びる中軸線として南北の中軸線と天安門で交差し、副幹線道路が網状に伸びている。その他に、天安門を中心にした幾筋かの環状高速道路、北京で言う一環路、二環路、三環路、四環路などは水の波紋のように都市の周囲を囲んでいる。北京に初めて来る人もこのことがおおむね理解出来れば、町の中で道に迷うことはまずないだろう。
皇帝の勢力
北京では毎日朝早く出掛け、夜遅くまで、各所の名所旧跡を見学していた。計算してみると、約半分の時間を皇室の建造物の見学にかけていた。
明・清という二つの王朝は北京に都を置き、ここに明・清の時代の建造物が数多く残された。故宮、天壇、長城から十三陵まで、すべてが皇室の資金で建てられたものだ。
故宮は、「紫禁城」とも呼ばれるが、この呼び名は皇室の宮殿の立派さに最も相応しいのではないか。かつて高い城壁は平民と皇族を2つの世界に仕切っていた。故宮に入ると、太和門の前には故宮最大の広場が広がっている。敷地は広く文武百官、禁衛軍の儀仗隊を入れての皇室最大の式典を十分行うことができる。広場の東西の両側に武英殿と文華殿が位置し、古代の中央政府の役所所在地たる文華殿と武英殿は現在それぞれ陶磁器の陳列室と典籍や書画の陳列室となっている。

皇宮、即ち故宮で最も雄大な建築物は太和殿である。三階の漢白玉の須弥席に建てられたこの宮殿は、古代建築物の最高位にランクされている。「大前門」と一般に呼ばれる正陽門から、保和殿に至るまで、太和殿や中和殿を含め、総称して「外朝」という。乾清宮を初めとして、交泰殿、坤寧宮及び東西六宮は「内廷」と呼ばれる。
「内廷」は皇帝が日常政務を処理し、また皇妃や皇子たちと共に生活した場所である。「陰陽交泰」(天地交わり万物通ず)に因んだ交泰殿は内廷に位置し、皇后冊封の式典などを催す場所だ。坤寧宮は明の時代には皇后の寝室であったが、清に入って、皇帝の新婚の寝室となった。東宮には時計館、珍宝館など文化財を陳列する専門館などがあり、西宮には、こちらもかつて皇帝の寝室であった養心殿がある。
故宮の一番北に位置する御苑の中に「朝暉楼」という妃の候補たち、「秀女」が暮らした寮がある。当時この精緻な建物の中で、若い少女達はどんな運命を迎えたのだろうか。
故宮の北門にあたる「神武門」は景山、即ち今の景山公園と正面に向い合っている。天気清朗の下、故宮のありとあらゆる建物には金色の瑠璃瓦の屋根が絢爛と光輝いている。撮影愛好者にとっても、故宮を丸ごとにレンズに納められる最適な場所なのだ。
天壇の主体は祈年殿、皇穹宇と圜丘から構成する。円形の建物は方形の塀で囲まれて、古代の中国の「天円地方」思想を具体的に表現している。
皇室の古跡として観光できる場所は他にも数多く残っている。たとえば頤和園、円明園、恭王府、十三陵、および中国の象徴である万里の長城。この偉大な軍事防御工事は無数な職人たちの血と涙により、初めて完成を見たものである。
これらすべての名所は北京が古都である証であり、古代の建築と芸術が融合し合った最も輝かしい結晶でもある。
人文の里
中国の二つの一流大学、北京大学と清華大学はどちらも北京の西の郊外に位置する。北京大学は中国で最も早く創立した近代的な大学だ。校舎はすべて風格ある伝統的な建物で、特に北京大学の西門は赤色の柱に軒下の彩色上絵で、中国の古典美を具現化している。
北京大学で最も景色が良いのは未名湖の畔だ。岸沿いにしだれ柳が林立し、著名な博雅塔が聳え立っている。この密檐式の宝塔は未名湖にその影を逆さに落とし、キャンパスに美しさを添えている。
北京大学の紅楼は湖のほとりに佇んで、中国の過去100年間の革命史を目の当たりにしてきた。激動の時代、学者・学生達は紅楼から社会に繰り出し、中国の「五・四運動」を指導した。このビルの外観は平凡だが、名実ともに備わる赤色の外壁がある。
構内の随所に有名人の塑像が置かれてあり、李大釗、魯迅、セルバンテスなど、国内外の有名人の彫塑によってキャンパスにヒューマニズムの空気が漂っている。
近代的な夜と昼
北京は常に「古い」という言葉が結び付くように、紛れもなく悠久の歴史を持つ、いにしえの都だ。しかし今の北京では世界の他の大都市と同じく、活気ある近代的都市生活を送ることができる。近代的な北城区はオリンピック施設の建設地で、「鳥の巣」や「水立方」など皆そこに建てられている。夜になると、「鳥の巣」と「水立方」は漸く世界的に有名なオリンピック施設としての魅力そのものをアピールするのだ。赤色の照明を浴びた「鳥の巣」は一面の人工湖に影を逆さまに映して、静かで美しい。「水立方」はその名前からわかるように、昼間は大きいシャボン玉のようだが、夜は照明を受けて、方形のサファイアそっくりになる。
798芸術区に入ると至る所に、中国で工業が新興した時代特有の古い作業場と住宅棟が残っている。現在は百軒のギャラリーやアトリエと、壁のグラフィティアートをそこかしこに見ることができ、芸術彫塑も点在している。
他の人たちが北京の古跡に耽っている間、ぜひ北京の近代の姿を満喫することもお忘れなく。
庶民の味
北京を訪れる人にはすべて、地元の美味しい料理を味わっていただきたい。
本場の北京軽食を食べたければ、護国寺の軽食店に行くとよい。驢打滾(きな粉餅)、碗豆黄(マメようかん)、爆肚(羊や牛の胃袋を熱湯や油でさっとゆでたもの)、どれも非常に有名な北京特有の軽食だ。それに豆汁(緑豆から春雨や澱粉を製造した後、薄緑色の残り汁を発酵させて煮込んだもの)もお勧めする。豆汁の味はとても酸っぱくて、嗅ぐと饐えた臭いがするが、北京の人は漬け物を付け合せに好んで飲んでいる。
他に、蜂蜜酸奶(はちみつヨーグルト)、鹵煮火焼(豚の胃の煮込み)、炸醤麺(ジャージャー麺)、いずれも街頭のどこにでも見つけられる、いわゆる美味だ。北京には名物料理が二つある。一つは北京ダックで、もう一つは羊のしゃぶしゃぶだ。全聚徳の北京ダックはその名も名高い。羊のしゃぶしゃぶは北京の人の間で肉のしゃぶしゃぶ(涮肉)と略称されて、肉の鮮度を大切にし、素材の味を重視している。北京ならではの胡麻ダレを付けて食べると、実に美味しい。北京で、美食を求めるのなら、時間をかけるつもりでなければならない。大通りでも路地でも、根気よく探してこそ、現地の最も特色ある美味を味わうことができるのだ。
北京の旅はたった六日間であったが、その印象は私の心に深く刻まれ、生涯の思い出となるであろう。(校正・沖永 雅子 松本 裕子)








